【08.11.06】第2回「壊れる医療現場」(連載企画「KAROSHI-問われる医療労働」)

勤務医を脅かす当直問題
 「医師(勤務医)にとっての過重労働は当直問題だ」

 昨年11月14日、「過労死弁護団全国連絡会議」が主催して東京都内で開いたシンポジウム「なくそう! 医師の過労死」にパネリストとして出席した小児科医千葉康之さんが訴えた。

 当直について、厚生労働省は2002年3月の通達で、「宿日直(当直)勤務とは、所定労働時間外、または、休日における勤務の一態様であり、当該労働者の本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受または非常事態に備えて待機するものなどであって、常態としてほとんど労働する必要がない勤務」と規定している。

しかし、勤務医の当直について、千葉さんは、「日中の通常勤務を終えた後、午後5時から翌朝の9時までが『当直』に当たるが、この16時間はいくら働いても勤務にはカウントされない。このため、代休はないし、交代勤務もないまま、翌日の通常勤務に突入する。すると、34-37時間、残業(時間外労働)があれば40時間の連続勤務になってしまう」との実態を明かした。
 自らの当直体験を振り返り、千葉さんは、「当直の回数が多ければ多いほど、精神的にも肉体的にも疲労がたまる。厚労省は、当直について『ほとんど労働する必要がない勤務』としているが、救急外来や入院患者への対応など、通常の勤務よりも何倍も負担が掛かる労働になっている」と、勤務医の当直の過重性を指摘している。

 小児科医中原利郎さんは、一般の小児科医の1.7倍に上る月平均5.7回の当直を強いられ、当直の日は、翌日の通常勤務まで行い、そのほとんどの場合で32時間以上の連続勤務をしていた。

“違法状態”の医師労働
 30数時間から40時間にも及ぶ勤務医の当直などについて、同連絡会議の代表幹事・松丸正さんは、「勤務医の労働条件の何が法的に問題なのかというと、勤務医の労働現場は、『労働基準法』の視点からは完全に“壊れている”としか言いようがない」と、その深刻さを指摘する。

 「勤務医に労基法がない」ことについて、松丸さんは4つの点に基づいて説明する。
 まず、勤務医の労働時間が把握されていないことだ。松丸さんは、「労基法の労働時間の定めは、労働時間が適正に把握されていなければ意味がないにもかかわらず、勤務医の場合、病院が勤務時間を把握していないことが多い」と指摘。その上で、「労災認定を申請しようにも、弁護士は、勤務医のポケットベルや電子カルテへのアクセス記録、手術や麻酔の記録などから、間接的にしか勤務時間を把握できない。病院が勤務時間を把握していないことが、長時間勤務を生み出している元凶と言える」と語る。
 また、労働時間を原則、一日8時間、週40時間と定めている労基法の枠を超えて労働時間を延長する際、その時間外・休日労働の限度時間について労使間で協定を結ばなければならないとする労基法36条(「三六協定」)に関する問題がある。「厚労省は、限度時間の枠を月45時間、年間360時間と定めている。しかし、医師については『三六協定』が締結されなかったり、締結されていても形だけだったりして、長時間労働に歯止めを掛けるはずの『三六協定』が形骸(けいがい)化している」。
 さらに、多くの医療機関では、勤務医が所定労働時間を超えて勤務しても、残業手当が支給されていないのが実態とし、「医療機関にとってコストが掛からない労働時間であることが、勤務医に長時間労働を招く大きな要因になっている」。
 加えて、当直の問題について、松丸さんは、「厚労省が、医師の当直は『監視・断続労働』として、労働時間にカウントしなくていいと通達している。これは、当直時に救急対応などが少なかった20-30年前の通達で、現在の当直の実態と乖離(かいり)している」と批判。最高裁が、警備員の仮眠時間を労働時間と認定した02年2月28日の「大星ビル管理事件」判決を挙げ、「勤務医の当直は労働時間に該当する」として、厚労省が勤務医の当直について見直す必要性を強調する。

看護師も過酷な労働実態
 医療現場の過酷な労働実態は、看護師も同じだ。
 特に、看護職の労働条件の根幹を成す夜勤・交代制勤務について、日本医療労働組合連合会(日本医労連)や全日本国立医療労働組合(全医労)などが問題点を指摘している。
 例えば、国の医療政策の中核を担う「国立高度専門医療センター」は、村上優子さんが勤めていた循環器病センターを含め、全国に6施設8病院あるが、夜勤時の看護師が3人以下の病棟が半数以上を占め、2人夜勤の病棟も少なくない。
 その一つ、成育医療センター(東京都世田谷区)では、13病棟のうち3病棟が2人夜勤で、同センターの看護師岸田光子さんが今年5月16日の衆院厚生労働委員会で、「患者(の病状)が急変した場合、1人の看護師がその患者に付ききりになるため、もう1人の看護師が他の30人以上の患者を見なければならず、緊急時には、事実上“1人夜勤”の状態になる」などの問題を訴えた。
 患者が寝ている夜間であっても、抗生剤や点滴の投与などの処置があるほか、ナースコールが相次いで鳴ることも多く、「人事院規則」で定められた休憩を夜勤時に全く取れないまま、朝まで病棟を動き回ることも少なくない。これに加え、村上さんがそうだったように、患者についての勤務前の引き継ぎや数時間に上る残業が“常態化”しており、「一日のうち半分は病棟に拘束される状態が慢性化している」(岸田さん)。

また、夜勤体制だけでなく、夜勤の回数についても、1965年の人事院の「夜勤判定」から43年が経過していながら、いまだに「月8日以内」が完全には実現しておらず、月9日以上の病院が2割を超えている。

 看護師は平均年齢が約36歳だが、こうした労働実態で「慢性疲労」を訴える人が約80%、「健康不安」が約65%にも上っている。

 このように、医師や看護師の労働環境は過酷だが、それに拍車を掛けているのが人員不足の問題だ。

(第3回に続く) 

更新:2008/11/05 13:45   キャリアブレイン

公開:2008年11月6日   カテゴリー: